S.Sさんより

1006グラム

 結婚した年、私は最高のクリスマスプレゼントを受け取った。「いつかふたりの子どもを授かれるといいね」と話していた矢先、私の妊娠が発覚。幸せの絶頂と思っていた。
しかし妊娠してから、つわり、低置胎盤による出血、不眠、切迫流産と、次から次へとトラブルの連続。体調が良い日なんて一日もなかった。入退院を繰り返し、大好きだった仕事も退職せざるをえなかった。
そして、妊娠29週と5日。母子ともに危険な状態に陥り、帝王切開で1006グラムの小さな小さな娘を出産。会いたくて仕方なかったが、あまりにも早すぎる誕生だった。私の両手で包みこめる程に小さい体。その体にはたくさんのチューブがつながっていた。その姿を見るたびに、普通に産んであげられなくてごめんねと罪悪感でいっぱいだった。最低な母親だ。変われるなら変わってあげたい。そんなことを呪文のように心の中で繰り返していた。
NICUに入院していたため大好きな家族と一緒にいられない中、娘は色んな治療や検査に耐えてくれた。それをただ、見守る私は本当に無力だった。
そんな私でも唯一、普通のママたちと同じようにできたのが、母乳をあげることだった。

ママのおっぱいはオーダーメイド

 ママのおっぱいは、その時に赤ちゃんが必要としている栄養が入っているオーダーメイド。早産で産まれた赤ちゃんにも対応しているという話を聞き、毎日心を込めて搾乳した。娘が少しでも大きくなりますようにと願いながら。
三時間おきに欠かすことなく搾乳し、一滴もこぼさないように袋に入れて冷凍し、ほぼ毎日NICUに届けた。
娘がそばにいないのに、搾乳する寂しさと虚しさで何度も涙が出た。何度も投げ出したくなった。それでも続けられたのは、娘が私の母乳を哺乳瓶で一生懸命飲んでくれたからだ。そして、ようやく直接母乳をあげられた日のことは一生忘れられない。小さな体を上下させて、必死で飲んでくれた。何よりも幸せで愛しかった。

新たな試練

 84日間の入院生活を経て、退院した娘。ようやく一緒に過ごせると思っていたが、喜びもつかの間。また、神様は私に試練を与えた。それは乳腺炎。あまりの痛みに耐えかねて不安でいっぱいな気持ちを抱え、日高母乳育児コンサルタント(森伴子・宮崎市)を訪れた。
私の乳腺炎は状態が悪く、何日間も足繁く通った。精神的にも肉体的にもボロボロで限界だった私だったが、森先生の存在に本当に救われた。そのゴッドハンドでみるみる内に楽になった。そして、森先生は女性、母親、妻としての考え方などを話して下さり、人生の先輩の言葉が心に響いた。だから、とにかく不安に思っていることや悩んでいることは何でも聞いた。娘も先生のところを訪れると、色んな赤ちゃんやママと触れ合うことが嬉しくて喜んでいた。

おっぱいありがとう

 断乳の時も先生に教わった通りに行い、見事に成功。断乳した日に見せた娘のバイバイとグッと堪えた表情は忘れられない。なんだか一気にお姉ちゃんになったようで寂しくも思えた。
おっぱいで愛情を交換し、心身ともに成長できた私たち。そしてママとしての自信もくれた。おっぱいありがとう。